こんにちは。けみかです。
特に全合成をやっている方には共感してもらえるんじゃないかと思いますが、例えばアルコールを酸化してアルデヒドを合成したいけど、アルデヒドの反応性が高すぎて上手く作れない、みたいな経験はありませんか?
幸い、アルコールのアルデヒドやケトンへの酸化反応については現在までに多くの手法が研究・開発されています。
今回は、その中でも私が独断と偏見で選んだ便利な方法を5つ紹介したいと思います!
Parikh=Doering酸化
穏やかな酸化方法として最も有名なものの一つにSwern(スワン)酸化があります。この方法では、基質をDMSOに溶かしてトリエチルアミンを加え、塩化オキサリルを作用させることで酸化するというものです。

この方法は不純物の発生が少なく好まれますが、反応活性種であるクロロスルホニウム塩(Me2SCl2)が不安定であるため-78 ℃で反応を実施する必要があります。
そこで、塩化オキサリルの代わりに三酸化硫黄・ピリジン錯体(SO3・Py)を使用することで、室温でも反応を可能としたのがParikh=Doering(パリック=デーリング)反応です。
更に、SO3・Pyは固体であるため扱いやすいというメリットもあります。

Swern酸化と似た反応機構のため、いずれにせよ発生するジメチルスルフィド(Me2S)の悪臭が難点ではありますが、操作性の良さはこちらに軍配があがります。
私は学生時代にある化合物の合成を行っており、その約10工程目にこの反応を据えていたのですが、一時期は何度やっても上手く行かず、反応が途中で止まってしまうといったことがありました。
反応温度や基質の純度など、反応に影響しそうなところに注意しても全く改善されず…。全体を見れば合成スキームの前半とは言え、10工程目で失敗するのはかなりの痛手でした。
そんなある時、複数あったDMSOの試薬瓶のうち、たまたまいつもと違う方を使ったらなんと反応が完結したのです!
おそらく古いDMSOには多く水分が入っていたか、そもそもDMSOが失活していたことが原因とは思いますが結局特定には至らず。
というわけで、反応が上手く行かないときはDMSOに限らず試薬を疑ってみるのも大切だということが身に染みて分かった学部生の頃。そんなに高い試薬じゃなければ、反応の都度新しく買うのもアリだと思います。
TPAP酸化
次に紹介するのは、TPAP(過ルテニウム酸テトラプロピルアンモニウム)を使用する酸化法です。発明者の名前をとって、Lay=Griffith(レイ=グリフィス)酸化とも呼ばれます。

この反応の長所は、試薬を入れたらすぐに反応が完結し、反応液を濾過して濾液を濃縮するだけで目的物が得られるところです。Swern酸化やParikh=Doering酸化のようにジメチルスルフィドの悪臭に悩まされることもなく、また大抵はカラム精製の必要もありません。
一方、デメリットとしてはTPAPそのものが高価という点が挙げられます。そのため、TPAPの使用量は触媒量まで抑え、共酸化剤としてNMOを加えて実施するのが一般的です。
また、TPAPは水により不活性化するので、溶媒中に含まれる水や、反応の進行に伴い副生する水を除くためにMS4Aが使われまず。
試薬が高価なことに加え、発熱が大きいこともあり大スケールでの実施には不向きではありますが、小スケールでの反応は非常に簡便に行えるため、私自身とても気に入っている反応のひとつです。
TEMPO酸化
3つ目に紹介するのは、TEMPO(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル)を使った酸化法です。

この方法ではTEMPOを触媒量用い、再酸化剤としてPhI(OAc)2、NaClO、mCPBAなどを添加することで簡単にアルコールの酸化が可能となります。
また、基質内に1級アルコールと2級アルコールが共存している場合には、1級アルコールが選択的に酸化出来るのも大きなメリットです。
更に、TEMPOよりも立体障害を抑えたニトロキシラジカルとして、AZADO(2-アザアダマンタン-N-オキシル)も市販されており、より立体障害の大きいアルコールの酸化を可能とします。

Dess=Martin酸化
4つ目に紹介するDess=Martin(デス=マーチン)酸化は、DMP(デスマーチンペルヨージナン)を使ったアルコールの酸化法です。DMPの正式名称は「1,1,1-トリアセトキシ-1,1-ジヒドロ-1,2-ベンズヨードキソール-3(1H)-オン」ですが、まずこの名前で呼ぶことは無いですね。

これも非常に穏やかなアルコールの酸化法で、官能基受容性が高く適用範囲も広いです。反応機構上酢酸が副生しますが、この酢酸にも不安定な化合物であっても、ピリジンなどを添加しておくことで適用可能となることもあります。
DMPは市販されており容易に入手可能ですが、潜在的な不安定性を有するため大スケールでの実施には注意が必要です。
なお、DMPの前駆体であるIBX(2-ヨードキシ安息香酸)も酸化剤として用いられますが、1,2-ジオールを酸化すると、IBXを使用した場合にはヒドロキシケトンまたはジケトンが生成する一方、DMPを使用した場合には1,2-開裂が進行することに留意しておく必要があります。

二酸化マンガンによる酸化
最後に紹介するのは二酸化マンガン(MnO2)によるアルコールの酸化法です。

この方法で酸化されるアルコールは、アリルアルコール、ベンジルアルコール、プロパルギルアルコールに限られます。逆に言えば、これらのアルコールが通常のアルコールと共存している基質を酸化する場合に選択的な合成が可能ということです。
二酸化マンガン自体は反応系において終始固体として存在しており(不均一系反応)、反応の後処理は濾過のみで済むという簡便さ。上記のアルコールを酸化する場合はファーストチョイスとしても良いと思います。
おわりに
以上、私が個人的に好きなアルコールの酸化反応5つをご紹介しました。
冒頭でも述べたように、アルコールからアルデヒドやケトンへの酸化反応は非常に多くの需要があり、ここで紹介したもの以外にも沢山の方法が開発されています。
その中でも、「操作が単純で簡単に試せる」ものをピックアップしています。私自身がアルコールの酸化検討を行う際も、ファーストチョイスは大体ここに挙げたものとなることが多いですね。
ではでは。ご覧いただきありがとうございました。
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