こんにちは。けみかです。
今回は、多くの有機反応を行った後の処理として実施される分液操作のコツについて紹介したいと思います。
そもそも分液操作はなぜ必要?
例として、フェニルリチウムのシクロヘキサノンへの付加反応を考えてみます。

反応こそ有機溶媒(この場合はトルエン)中で行いますが、最終的に水を加えることで目的のアルコールを得ています。
さて、このときフラスコの中はトルエン層と水層の二層に分かれています。分配係数の細かな値は無視するとして、目的物はトルエン層にいる一方、水層にはクエンチで副生した水酸化リチウム(LiOH)が含まれており、トルエン層を分離して濃縮することでLiOHを除去することができます。
このように、疎水性の有機溶媒を使用した反応では、反応後に水を加えて分液する(水洗する)ことで、疎水性の目的物と親水性の不純物を分離することが出来るため、多くの反応で実施されることとなります。
なお、親水性の溶媒(MeOH、THFなど)を使用した反応の場合は、別の疎水性溶媒を過剰量入れることで分層が可能となります。容器の大きさに制限がある場合は、目的物の安定性にもよりますが、親水性の溶媒を一度留去したあとに、疎水性溶媒と水を加えて分液することも可能です。
また、ケースは少ないですが、親水性の目的物を水層に抽出し、ここに貧溶媒を加えて目的物を析出させる、なんていう方法もあります。
以上のように、操作が簡便であることもあり頻繁に実施される分液操作ですが、色々とアクシデントが起こりやすいところでもあります。
トラブルその①:エマルジョンが発生した!
エマルジョン(乳化)の発生は、経験的に分液操作の中で最も多いトラブルです。
通常、分液漏斗を振り交ぜて静置してしばらく待てば、有機層と水層は完全に分離し、はっきりと界面が見えてきます。ところが、静置しても濁ったまま全く分かれなくなってしまうことがあり、これをエマルジョンと呼びます。俗に「エマる」と言ったりしますね。

ありがちなのは「ラボのフラスコスケールでは問題なかったのに、製造釜で実施したらエマってしまった」というケース。こうなると目も当てられません。
エマルジョンは、有機溶媒と水の親和性が高かったり、内容物が有機層にも水層にも溶けてしまうような場合に起こりがちです。
「こうすればエマルジョンを100%解消できる」という方法は残念ながらありませんが、先人たちの努力の結果、少しでも解消の可能性を高める方法は多く考案されています。以下でその例を見てみましょう。
ブラインの使用
ブライン(飽和食塩水のこと)を使用するのは、エマルジョン対策において最もポピュラーな方法の一つです。
塩析の効果を利用することで、有機溶媒と水の分離を向上させます。具体的には、基質が水に溶けている状態、すなわち、基質の分子の周りを水分子が包囲している状態(水和)において、NaCl分子がその水分子と結合して取り去ることで、基質が水へ溶け込むのを防ぐ役割を果たします。
このため、洗浄溶媒を水からブラインに変えることで、エマルジョンの発生のみならず収率の低下も期待出来るというメリットがあります。
ですが、釜スケールでの製造においては飽和食塩水の調製が困難なため嫌がれることも多いです。〇%食塩水のような形で濃度を規定しておくことが望ましいでしょう。
とはいえラボでの実験のみを考えるのであれば非常に強力な手段となるので、有機合成を行うに当たっては必ず覚えておきましょう。
余談ですが、ブライン(brine)は上記のように「塩水」を指すのがもともとの語義なのですが、製造現場では釜などを冷却するための冷媒のことをブラインと呼ぶこともあるので混同しないようにしましょう。
溶媒の増量
ブラインを使わなくとも、分液に使用している有機溶媒または水の量を増やすことでエマルジョンが解消される場合もあります。
しかし、どんどん溶媒を継ぎ足しているうちにフラスコや分液漏斗の容量をオーバーしてしまう…ということのにならないように気を付けましょう。
加熱
フラスコを使って分液(撹拌)する場合は、加熱するとより分層しやすくなることも多いです。
溶媒の沸点や目的物の安定性に気を付けて行いましょう。
分液漏斗のみで撹拌・静置を行う場合はこの方法は使用できません。また、もし将来的に製造釜へのスケールアップを考えているのであれば、撹拌はフラスコで行うように心がけましょう。
分液前に有機溶媒を留去
THFやMeOHなど、親水性の溶媒を反応で使用した場合は、分液前に予め有機溶媒をエバポレーターで留去し、他の疎水性有機溶媒で分液することでエマルジョンの発生を防ぐことができます。
このとき、新たに加えた有機溶媒でちゃんと目的物が抽出出来るのかどうかは予め確認しておきましょう。
両親媒性化合物の添加
エマルジョンが発生した場合、メタノールやTBABなど、両親媒性の化合物を少量添加して再度撹拌すると解消される場合があります。
ここで重要なのは添加量が少量であることです。大量に入れてしまうと余計にエマルジョンを促進することになるので注意してください。
トラブルその②:中間層が発生した!
分液ロートを振って静置すると、有機層と水層の間に謎の中間層が出来ている…ということも時々ありますね。
エマルジョンとはまた別の現象で、例えば黒いモヤモヤの層が発生したりすることがあります。
私の経験では、純度の悪い原料を使うとよく発生していたイメージがありますが、ハッキリした原因はよく分かりません。。
しかし、この中間層が目的物であったという経験は今のところ一度も無いので、私は不要な層と一緒に廃棄してしまっています。
気になる場合は、この中間層のみを別の容器に分けて分析してから判断しましょう。
トラブルその③:界面が見えない!
エマルジョンが発生したわけでも中間層が出てきたわけでもないけど、二層の界面が全く見えなくなってしまった!
有機層と水層の色調や澄明度が似ていると、その界面が非常に見づらくなることがあります。
こういうときは、①氷を入れる、②懐中電灯を照らす、ということを試してみましょう。
氷を入れると水に浮かぶので界面が分かりやすくなります。また、分液漏斗の背面に黒い紙を置き、懐中電灯で光を当ててやると、界面が判別しやすくなることがありますのでお試しあれ。
トラブルその④:溶液が均一化した!
これは、上記のように「二層の界面が分からない」ような状態ではなく、もともとは二層だったものが、撹拌している間に一層になってしまった場合です。
頻繁に起こるトラブルではないと思いますが、例えば【酢酸エチル/希塩酸】のような溶媒系では、最初は二層であっても撹拌を続けるにつれて酢酸エチルが加水分解され、最終的には完全に酢酸に変換されて一層化してしまうことがあります。
このような場合、特に長時間の撹拌を前提とする場合には他の溶媒に変えるしかありません。どうしてもエステル系の溶媒を酸性条件下で使いたいときは、酢酸イソプロピル、酢酸イソブチルなどのより加水分解耐性のあるものを選択しましょう。
トラブルその⑤:固体が析出した!
稀に分液中に固体が析出してくることがありあます。そんな場合は、まずとりあえずは濾過をしましょう。
分析して固体が目的物でなかった場合は、その濾液で再度分液を続けます。
(まず無いと思いますが)もしその固体が目的物であった場合は、析出しないような溶媒を改めて選定します。もしくは、そもそも分液操作の実施が不適切かもしれません。結晶性の良い化合物であれば、分液せずに析出を促す方向に後処理の検討を行うのも良いでしょう。
おわりに
今回は分液操作時のトラブルと対処法についていくつかご紹介しました。
有機合成をやっていれば必ず分液トラブルに遭遇することがあります。特にエマルジョンの経験は避けては通れないと思います。
そんな時、慌てずに適切な対処法を知っておくことで、ちゃんと回避することが出来るようになります。
ぜひ試してみてください。
ではでは!
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